昨日金曜日の朝。
いつものように
駅までの道をてくてく。
道ばたの雑草的草花が
通りすぎた車が起こした風に一瞬そよぎ
まるで首を振るかのようにゆらゆら揺れたり。
どの木もどの草も
生えたての新しい葉があって
緑のなかにも初々しいやわらかい緑にみとれたり。
あまり寝起きはよくないので
ぼーっとしている朝だけど、
自然を目に入れながら鼻で味わいながら
少しずつわたしのこころもからだもあたたまっていく。
ふと。
鼻をくすぐる甘い香り。
ん?
あ、
きんもくせいだ!
うおっほほほとなぜか少し興奮しながら
思わず姿を探して目をきょろきょろさせてみるも、
視界には入ってこない。
歩を進めながら、わー久しぶりに嗅いだなあと嬉しくなる。
なにせ今週は
鼻水ノンストップウィークだったから余計にね。余談だけど。
通常、草花のにおいは
「香る」と表現してるけど、
きんもくせいって、
そこにはまらない少し独特の佇まいがあるような。
「薫る」がふさわしいようなそんな感じ。
小学生?の頃に読んだ湯本香樹実さんの本だったか、
きんもくせいのことを
『きんいろの木』とたとえている場面があって。
「うん、たしかにきんいろの木だー」
と嬉しくなった覚えが。
あれはなんの本だったかなあ。
きんもくせいといえば。
生まれたときから参拝している地元の神社に、
天然記念物のきんもくせいがある。
なんでも最高齢のご長寿きんもくせいなのだとか。
あるというか、いらっしゃる。(敬語)
そのきんもくせいが花を付けるのが、毎年9月半ば頃。
そして、毎年すこし間をおいて、
二度目の開花があるようだけど
母いわく、「今年はどちらもいつもより一週間ぐらい早かったわねえ」と。
毎年こんな風に
天然記念物きんもくせいさんの話題がでて、
ああ今年も秋が来たんだなって実感するんだよね。
そして
今日土曜の朝。
なんとなく目覚めがよかったので、
いつもの朝食時間の前に
ふらりと散歩に出かけてみた。
昨日薫ったきんもくせいのことが頭にあったので、
自然と足はてくてく神社に向かう。
鳥居をくぐると、
ちょうど、今日式を挙げる和装の新婚さんが
参道で記念写真を撮ろうとしている。
「おめでとうございまーす」
と言いながらいそいそと横を失礼して。
池の中にきらりと光る金色の鯉に
おやおやと見とれていたら、
いつの間にか近くにいた鳩に出くわし
ひとりびびったりもして。(鳥苦手)
いやー
人の少ない境内は気持ちがいいですね。
清浄な空間に、身もこころもすっきりとした気持ちで
手を合わせさせていただき。
そして、いそいそときんもくせいさんの元へ。
なんていうか、
ここのきんもくせいは御歳1200さいだし、
花も葉も枝ももうパワーは少ないかもしれない。
でも、周りにいわゆる
子どもたち、孫たちも育っていて
とてもあたたかくて優しい表情をしているような。
それでいて、
真摯に生き続けている威厳なのか重みなのか、
思わず頭を下げたくなるような眩しさも。
まさに、きんいろの木だね。
たとえていうなら
おじいちゃんのしわくちゃのあたたかい手のような
そんなエネルギーかなあ。
この姿をみるたび、
いのちをつむぐこと、
いのちをつなぐこと、
いのちを生きること、
大事にしたいなあといつも背が伸びるのです。
10月も下旬。
だけど思いがけずきんもくせいの薫りに、
そしてその姿に、癒され、力をもらった。
聞こえが悪いと
それだけで気持ちも落ちるけど、
なんだか自分のなかの「いのち」に
あたたかい風を吹きこんでもらったような気持ち。
ありがとうございます。
一歩、一歩、自分にうそをつかずにまた一歩。
うし。