fujisan

迎春。

 

新暦新年も好きだけど、

旧暦新年はもっと好きかもしれない。

2017年は、1月28日が、

旧暦の元旦にあたる日だったんだよね。

 

風に薫るほのかな春の訪れと同期する、
旧暦のお正月。

はじまりを告げる、
柔らかな陽のひかり。

新たな旅立ちに向け、
何もかもが緩やかにほどけてくる季節。

 

本格的な春はまだ先だけれど、

たしかにその先に控えているダイナミックな息吹きを感じられて

期待と嬉しさになんだかわくわくしてしまう。

 

ぐっと冷え込む
冬のさなかに迎えた新暦新年のあと、

きもちゆったりと、
身も心も少しずつほどきながら迎える旧暦新年。

ダブルでめでたいね、いいねいいね。

 

というわけで(?)

母の誕生日祝いも兼ね、

1.5日のお休みをいただいて行ってきました、

お伊勢さん。

 

たまたまながら、
大安の朔日(ついたち)詣ともなり。

うーんきもちよかった。(大きな欠伸をしながら)

 

伊勢は何度か訪れているけれど、

前回訪れたのは、たしか式年遷宮のちょっと前。

なので、遷宮が行われたあとの

新しい拝殿に詣でるのは今回がはじめて。

 

なんていうか、

「改める」「改まる」ってすごいなあと。

わたしたちが以前詣でた場所には、拝殿はもうなくて、

お隣の敷地に、何事もなかったかのように鎮座されており。

 

場を変えること

ステージが変わること

そこに立つ自分が変化していること

そんなことを、いつも以上に感じながらの参拝でした。

 

それにしても。

何かを変えよう(もやもや)とか、

なんか変わりたい(うずうず)とか、

そんなきもちが

ふと芽生えるということは、

 

そのあと

目に見える変化が一見して起こらなくても、

もうすでに、

目に見えないレベルでは少しずつなにかは変わっているのかもしれないなと。

 

変わりたいな、と思う気持ちがよぎった時点で

「日常」はもはや「日常」ではなくなるから。

 

普段の生活に違和感が膨らむ人もいるだろうし、

アンテナ(チャンネル)が違う所に向くこともあるし、

好きなことorきらいなことが以前と異なってくることもあるだろう。

 

新たな未来に意識が向かうと、

自分(のこころ)には

もう以前とは違う変化が起こっているわけだから、

遅かれ早かれ

今ここでの、人との縁や居場所や取り組むことに小さな変化が生まれはじめるわけで。

 

だから、

変わりたいなと漠然と思うときに、何をするか。

 

それは

 

「変わることを決める」

 

これに尽きるんだなあと。

 

それを加速させたければ、

 

「自分は変わる!」

 

これを、強くつよく肚に決める、それだけ。

 

生きるって、

いろいろ考えはじめると複雑そうだけど、

とことん突き詰めるとシンプルなんだなって、

そんな原点に立ち返った伊勢旅行でした。

 

母へのささやかなお祝いが

自分にとっても英気養えたひとときに。

 

「改めて」気持ちの引き締まる、
すてきな時間と空間でした。

おかげさま、お伊勢さま。(合掌)

 

この記事を書いた人

ソニー人事(研修・人材開発)を約15年
→ オーストラリアへ語学留学・ヨガ
→2020年11月 フリーランスのキャリアコンサルタントとして活動開始。会社員と個人のおしごとの複業ライフを実践している。2022年はようやくインスタを開始してみたり英会話を楽しんだりする日々です。